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INSIDE STORY/KEISUKE
MATSUSHIMA

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5月10日に東京・六本木にて開催された「サントス ドゥ カルティエ」の新作発表を祝したイベント。「サントス ドゥ カルティエ」は、ブラジル人飛行家であるアルベルト・サントス=デュモンとルイ・カルティエ、情熱を持った二人の友情から誕生した世界初の実用的腕時計である。イベントでは、彼らのパイオニアスピリットと革新性を受け継ぐ、現代のイノベーターがそれぞれ独創的な作品を提供。世界で活躍する料理人・松嶋啓介がこの日のためにつくった特別なフードは、集まったゲストを味覚で刺激した。一口で食すことができる小さな料理、そこに松嶋がこめた深い意味とは?

フォアグラの上に南国のフルーツのチャツネ。ライムの皮を振りかけて爽やかな味に。トーストしたスパイスパン(パンデピス)で挟みこみ、触感も表現。松嶋の料理には複雑な要素が含まれていた。

「アルベルト・サントス=デュモンはブラジル人飛行家。彼が活躍したのはパリ。そのことを考え、フランス人から見たブラジルを味で表現しました。フォアグラはフランス料理を代表する珍味であり、南国フルーツはブラジルの象徴です。パリという多様性ある都市のなかで、サントス=デュモンは異国人として新しい挑戦を続けてきました。酸味、苦味、甘味、塩味、そしてうま味も含んだ5つの基本味で感覚を刺激し、よく噛むことで時を刻んでいただけたらなと思ってつくりました。見た目は“サントス ドゥ カルティエ”の時計のようにシンプルな四角形に仕上げています」

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若くしてフランスに渡り修行に励んだ松嶋啓介。ブラジル人でありながらパリの社交界に受け入れられたサントス=デュモンのある側面に注目する。

「“サントス ドゥ カルティエ”が生まれた1904年頃というのは、普仏戦争を経てフランスが疲れ切っていた時代。社会はまだ封建的でしたが、そんな時代のパリで受け入れられたブラジル人のサントス=デュモンはきっと、相当コミュニケーション能力が高かったはずです。エッフェル塔の周りで初めて飛行機を飛ばしたり、個性的なファッションで自分に注目を集めたり。そんなことをしながらもパリの富裕層やエリートに嫌われることなく“面白いじゃん”と言わせてしまうプレゼンテーションの能力の高さ。きっと、女性にもモテたでしょう(笑)」

現代に残されたサントス=デュモンのポートレート写真をみると、彼はいつも明るい表情で、大きなハットや独創的なスーツを着こなしている。それもコミュニケーションの武器にしていたはずだと松嶋は言う。

「多くの民族が集まるパリでは、人から興味を持ってもらうためには自分のさまざまな側面を表に出し、共通項を見つけてもらう必要があります。そうでないと仲良くなれない。サントス=デュモンの持つ複雑な個性は、人と違うことをウリにするためのではなく、あえて色々な人との共通項を示すためのものだったはずです。僕が今回つくった料理も、スパイシーなパンや、さわやかなライム、カリカリとした食感、南国のフルーツなど、さまざまな要素を織り込みました。食べた人が多くの感想を持ち、話したくなるような仕掛けをしているんです。同じ感想を持った人同士がもっと仲良くなったり、食べた人の間で多くの会話が生まれるきっかけになるようにと」

空を舞台に冒険を繰り広げる陽気なサントス=デュモンは、パリで多くの人を刺激する存在だった。そんな彼のように、松嶋がイベントで提供したフードは、多くの人を刺激した。口にしたゲストたちが複雑な味わいについて語りあい、会話は熱気を帯びていく。そんな様子を会場のあちこちで見ることができた。

平山祐介
松嶋啓介
Keisuke Matsushima
「KEISUKE MATSUSHIMA」オーナーシェフ、実業家。20歳で渡仏。25歳でニースにレストランをオープン。3年後、外国人としては最年少でミシュラン一つ星を獲得する。現在はニースと東京・原宿に「KEISUKE MATSUSHIMA」を構えるほか、ニースでは「Sushi-K」(2017年10月開業)など数店舗を手がける。2010年7月、フランス政府よりシェフとして初かつ最年少で「芸術文化勲章」を授与され、2016年12月には同政府より「農事功労章」を受勲した。